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2006年7月31日 (月)

上の原小学校泥出し作業

上の原小学校泥出し作業

詳細はのちほど

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2006年7月29日 (土)

箕輪町での活動

箕輪町での活動

今日は箕輪町の中村地区で作業しています。

写真は、ホームセンターだった建物を使っている、箕輪町ボランティアセンターです。

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2006年7月28日 (金)

Fw: 唐山大地震30周年

知人からのメールを転送します。
メールを送ってくれたYさんとは、2004年に一緒に中国に行きました。
天津と神戸の友好30周年を記念した船旅でお世話になりました。

過去の災害を学ぶ旅でもありました。
けれど、文中の「失念」の言葉が自分にも当てはまり、心苦しくなりました。

以下転送


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皆様

1976年7月28日 午前3時42分53秒  M8・2

死者→24万  重症者→16万


本日7月28日が、唐山大地震30周年にあたります。


唐山・天津に連なる人々は、それぞれの心の中で

犠牲者への黙祷を捧げていただければと思います。


日々の雑務に追われて、つい失念していましたが

天津とのメール交信の中で、友人より教えられました。

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Y.K

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長野県、豪雨災害

辰野町の自宅を離れ、避難生活をしているF君から届いたメールを
無断で転載します。

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
我が家は避難指示から避難勧告になった。今日から重機を入れてそこらじゅうで片付けが始まった。土曜ぐらいに人が集まるらしい。未確認情報です。
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

天気など、予定を立てづらい要素の多い中で、不安な生活をしていると思います。
それでも平穏を取り戻すために、関係者の皆さんが積極的に行動を起こされていることともいます。


僕もこの週末、再び現地に向かう予定です。
活動場所の候補は、F君とその周辺か、箕輪町を希望していますが、現地の先輩方と相談して考えたいです。

また後日報告させていただきます。

長野県での豪雨水害の情報を掲載している、ボラ仲間のブログです。


雨ニモマケズ 風ニモマケズ
http://blog.canpan.info/makezu/


フルーツ タノンデイイデスカ?
http://blog.so-net.ne.jp/kuwasan/


「おやじ」の塩谷日記
http://sun.ap.teacup.com/shiodani-tougyuu/


ら・どるちぇ・びーた
http://www.doblog.com/weblog/myblog/41459

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2006年7月26日 (水)

平成18年7月豪雨

気象庁が「平成18年7月豪雨」と名付けた。


22日(土)は岡谷市の駒沢地区で復興作業に参加させてもらった。
下の写真は駒沢地区を天竜川を挟んだ対岸の地域から撮影したもの。

写真の左側に小高い山と山の間、
この地の水害は、この谷間の沢を駆け下りるように土石流が流れてきた。

060723st01


23日は、午前中にF君の家で作業した後、岡谷から天竜川沿いに南下して、辰野町と箕輪町に行って、ボランティアセンターの受け入れ、ニーズの様子を聞かせてもらいながら被害の様子を拝見させてもらった。


僕は専門家でないので、適切な表現か解らないが、水害は大きく分けて、川などの氾濫・決壊、高潮など「下から」浸水する被害と、土石流・鉄砲水といった「上から」の被害がある。
2000年の名古屋の水害、2004年の福井・新潟や台風23号の豊岡・出石の水害は「下から」だったが、台風23号の時に手薄な現場を求めて行った兵庫県但東町(出石町の隣)は山あいの集落が点在する町だった。
被害は山から流れ出る土砂、土石流に生活の場を襲った。


一昨年の台風23号で被害を受けた但東町の様子。
http://nobu109.cocolog-nifty.com/photos/20041031/

今回伺った、岡谷市、辰野町、箕輪町のいずれもが、山崩れや土石流といった「上から」の被害だった。
テレビ報道で見る「天竜川」というキーワードに惑わされていたことを、現場に行って感じた。

「どんなに想像力をふくらましても、現地に行くまで被災現場の様子は十分理解できない」
実情を見落とさないために恒に自分に言い聞かせているが、一方で準備や現場の状況に適応するためには想像力をふくらませる必要があるとも思う。
「湖」、「川」などのイメージにとらわれていたことを反省したい。

山からの被害と言うこともあり、局所的に被害が出ているところが多いと想像する。
駒沢地区や湊地区のように大規模な被害が出ているところも少なくないが、見落とされている被害者がいないか、気に掛かる被害状況だ。

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F君の家で

F君の家の周辺では、数件が土砂崩れの直撃を受け、全壊していて、まだ山肌から土石流が起きる危険が大きいので、20軒くらいの世帯に避難勧告が出ていて、辺りは立ち入り禁止になっています。

立ち入り禁止のため作業もしてはいけないのですが、今後床上への浸水を避けるように低い窓のところにコンパネを置いて、土のうを積みました。
060723d105

僕らのボランティア活動は、いつも被害が出てからになります。
しかし、起きてからでは手遅れのことが多く、様々な活動場所でもどかしい想いを感じてきました。
現在床上浸水を免れているF君の家で、新たな被害が出ないための活動を考えることを意識していきたいと土のう積みをさせてもらいました。

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5年ぶり!フリ!

7月23日に5年ぶりくらいの再会。
1996年から数年間、SVA神戸の主力で活躍されていたF君に会うことが出来ました。
場所は、F君の実家のある長野県辰野町です。


「僕の家を見て行ってよ」
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「正面に見えるオレンジ色の屋根がおれんち」
060723d012


「こっちが正面だけど・・」
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「裏の道を登ろう!」
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060723d016


「これが僕の家だよ(裏側)」
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「壁は汚れているけど、中は普通だよ(今のところは)
 でも中に入れないんだ。この辺立ち入り禁止だから・・・」
060723d022


「お隣は、今は住んでいないけど・・」
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「床からこれくらいまで土が溜まったよ」
060723d051


「すぐそばには、大きな石とか、クルマが落ちてきたよ」
060723d026


「これは2軒隣の家」
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「更に上に上がる右の道を登るよ」
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「大量の土と大量の木が山から落ちてきているの」
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「あっ、のぶがハマった」
060723furi1


ズボズボ!
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2006年7月23日 (日)

箕輪町の水害現場

箕輪町の水害現場

箕輪町のボランティアセンターに伺ったところ、明日からセンターの場所を移して活動するのですが、県からの応援が少なくなり、さらなるボランティアの参加を求めているとの話し。
現場の地図をもらって様子をみに行くと、集落の真ん中、山側から土石流が流れたようで、ひどい状態でした。

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2006年7月22日 (土)

岡谷市のある小学校

岡谷市のある小学校

今日の作業は岡谷市になりました。


追記:
この小学校の上にある施設の様子を伺いにこの地に来ましたが、重機が入っていて、手作業でのボランティア活動は見送りました。
この日の活動は、川岸地区に移動して、住宅の庭などからの泥出しなどの作業になりました。

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諏訪湖

諏訪湖

現在、警報が解除されて、大雨注意報となっている長野県諏訪地域ですが、快晴です。

これから諏訪市災害ボランティアセンターに向かいます。

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2006年7月20日 (木)

16日(日) 開眼式

小千谷市塩谷に、中越大震災の犠牲となった3児童と観音様の像・慰霊塔が安置され、16日に開眼式が行われました。

060716i058


式には、多くの地元住民さん、これまで塩谷の緊急対応、復興活動にご尽力されてきた方々、この地に関わってきたボランティアが参列。自分もその一人として献花させていただきました。

060716i063


会場では、村の方々が、交通整理などをされて、式の進行のを見張りって、しきりに動き回っていたのが印象的でした。
段取りが分からずに、何もお手伝いできなかったのが心苦しかったですが、皆さんのお陰で式に参列させてもらっているのだと感謝して、3児童をはじめ震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りする。


昼からは小千谷市内のセレモニーホールに移動して、記念式が行われました。
2階ではフォーマルな式が執り行われたようでしたが、僕の参加させてもらった1階の会場は、和やかな懇親会を楽しませてもらいました。060716i094


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2006年7月19日 (水)

15日(土) 塩谷に向けて移動~迎え火

翌日塩谷で行われる、観音像の開眼式に参列するために、紙屋の仕事が終わった後すぐに電車に乗る。
会社の社長に兵庫駅まで送ってもらい、13時前に快速電車に乗車。

大阪駅で下車。サンダーバード25号に乗り換える予定。
金沢から北陸7号で新潟駅に20:28に到着するつもり。

ここで時間があるので昼ご飯の調達。。
売店の店員がちんたら袋に入れているのが気になる。レジの時間を確認「13:40」。
たしか・・48分発だったよなぁーーまだ時間は大丈夫・・?

勘違いでした。サンダーバード25号は13:42発。
ホームに着いたとたんに動き出して、行って行ってしまったーー。ガーン!!


駅員に聞くと次の列車は、
サンダーバード27号>>金沢乗換・北陸9号で22:36新潟到着。
早く行くなら、金沢から「はくたか」に乗って、越後湯沢から新幹線。新潟に22:06着。

でもとりあえず次のサンダーバード91号(だったか?)に乗って、金沢まで。
金沢駅で時刻表とにらめっこして、
金沢・はくたか>>直江津・信越本線(普通)>>長岡のりかえ・信越本線(普通)>>新潟22:08着
に予定変更。

その後は無事、予定通りに新潟駅に到着。
車中のアナウンスを聞くと、新潟県内、各地で大雨の影響により電車が停まっていたり遅れていたりしていたらしい。
予定通りの方が可能性が低かったのかもしれない。

何はともあれ、新潟駅に到着。
ここで、神戸のボランティアで知り合った、新潟市在住のSさんと合流。
Sさんの家族の車で小千谷市塩谷に向かう。
途中、食事を取り、塩谷到着は深夜となった。


深夜とはいえ、外では迎え火を焚いていて、芒種庵では宴が開かれていて、
どちらもオールナイト・モード!


060716i010

上手くタイミングをつかまないと寝そびれる・・。
見事にタイミングを外して、迎え火と宴を行ったり来たりしながら朝を迎えた。


つづく・・ (-.-)..zzZ

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2006年7月10日 (月)

7月9日(日) 新長田本町筋商店街でアルバイト

日曜日、のんびりと部屋の片付けをしていたら、たまにしかならない携帯が着信。
かけてきたのは、珍しくカトー君。

「バイトしませんか。へへっ。今日の1時(2時間後)からなんですけど。はははっ」

彼が僕に電話をするのは、たいてい急に人集めしなくちゃいけなくなったときです。
部屋の片付けをほったらかして行くことにしました。
060709i005

この日は、「新長田本町筋商店街」でイベントを開催していました。
書道の先生がうちわに、希望の文字を書いてくれるサービスをしていて、そのアシスタントが僕の仕事でした。

買い物客が足を止めて、お子さんやお孫さんの名前を書いてもらい、喜んでいました060709i002


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2006年7月 4日 (火)

7月2日滋賀県豊郷町へ

滋賀県の豊郷町に遠足に行きました。

メンバーは、まち・コミと親しくさせてもらっていて、出石の水害後の復旧支援や畑仕事に行ってくれているフジワラさんとクボジュンさんに孫のモモちゃん。そしてフジワラさんとクボジュンさんの知り合いFさん。僕はFさんに初めてお会いしたのですが、この日案内役を務めていただき、とてもお世話になりました。

神戸から名神高速を通って2時間半ほど走ると豊郷町に到着。
最初に行ったのは「伊藤忠兵衛記念館」。幕末から明治~昭和にかけて、商売を発展させてきた伊藤長兵衛と弟の伊藤忠兵衛、その息子の二代目忠兵衛ゆかりの地。
Fさんの祖父、古川鉄治郎さんは二代目伊藤忠兵衛の従姉妹とのこと。Fさんと記念館の管理をされている方に建物のことや後に丸紅、伊藤忠商事へと発展する事業の変革を説明していただきました。

「近江商人の通った後は草も生えない」と揶揄する言葉もありますが、売り手・買い手と世間の3方が得するのがよい商売と考えられ、積極的に地元への利益還元をされていたとのこと。
商売を拡げる中で、地元住民の積極的に雇用したり、病院や小学校を建てるなど、地域の発展に寄与されてきたとのこと。
昭和12年に新たに建てられた豊郷小学校は12000平方メートルの土地に、当時の村の予算のおよそ10倍の建設費を費やしたと言います。

最近は、株式を中心に会社運営の事が話題になることが多い中、働くということの意味を改めて考える時間となりました。

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2006年7月 1日 (土)

近況報告

丸2ヶ月、更新から遠ざかってしまいました。
申し訳ありません。m(__)m

今回は、ご無沙汰している多くの方にもメールアドレスの変更のお願いメールを送らせていただいたので、近況報告をさせていただきます。


【平日】
神戸での生活は11年目を迎え、平日は長田区御蔵通に在る紙屋、石本洋紙店という小さな会社で3年前から働いています。これまでになく、まるで勤め人のようです。(笑)

【まち・コミュニケーション】
仕事の後は、これまで通り『まち・コミュニケーション』の事務所に出入りしています。活動時間が短いので充分な力にはなれていませんが、雑用やイベントの運営などに細々と参加させてもらっています。
まち・コミの活動場所、御蔵通の男衆が月一回開いている飲み会にはよく参加しています。まち・呑みニケーション(夜の部)が中心?
そのほか、各地から震災学習・研修を、御蔵5.6.7丁目住民とまち・コミで受け入れており、5月には、修学旅行の受け入れがピークとなり、紙屋の仕事の合間を見て参加しました。
一昨年の台風23号水害で大きな被害を受けた出石町(兵庫県豊岡市)へ復旧作業に参加。その後も被害を受けた市民農園を再び再開することを支援するため、まち・コミが野菜作りを始めました! 僕はこの1年出石の畑に行っていませんが、代表をはじめまち・コミ関係者が地元農家の方に指導をいただき、有機農法で高品質野菜を作っております。購入希望の方、ぜひご連絡下さい。

【新潟県中越大震災】
一昨年(2004年)11月から、おおよそ月に1回足を運んでいます。現地でよく顔を合わせるボランティアの精鋭の皆さんにお誘い、ご指導いただきながら家屋の片付けや修復、冬の雪掘りなどの活動に参加させてもらっています。
ニーズ対応の予定が無くても、これまでに知り合った地元の方々に温かく迎えていただき、皆さんの笑顔から元気をいただいているので、これからも時間が空いたら足を運びたいと思っています。
最近では、神戸の春の名物「いかなごのクギ煮」を、神戸の主婦の知り合い数人に炊いてもらい、4月に中越の方々に召し上がっていただきました。便りの交換も数件生まれたようです。
5月の連休には、長岡市小国町にある法末(ほっすい)で中越復興市民会議の総会と「復興デザイン研究会」発足フォーラム、郷土学セミナーがあり、参加させてもらいました。基調講演で郷土史の稲川先生から、戊辰戦争の戦火に焼かれた長岡は、復興から発展への道を歩んだというお話を聞かせていただき、夜は復興デザイン研究会の発足パーティで地元で取れた山菜の天ぷらなどを美味しくいただきました。
6月10日11日は地震で被害を受けた戊辰戦争の史跡、朝日山古戦場の修復作業が盛大に行われました。地元小千谷市浦柄地区の方々が守ってこられた戦士のお墓や史跡に通じる道も崖崩れなどの被害を受けていて、その朝日山の頂上に向かう獣道のような旧道を歩きやすい遊歩道のように整備して、看板なども修復。頂上に登ると長岡から小千谷を見渡せる絶景。戊申戦争では重要な砦になったという、頂上で講義していただいた稲川先生の言葉もすぐに理解できました。そのとき歴史が動いた場所、なにより、素晴らしい景色を観に多くの方に来ていただきたい。この日完成した遊歩道を下りながら感じました。

今日は滋賀県の豊郷町に遠足(?)に行ってきます。。
今日からブログを再開できるようにしたいと思います・・・

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