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2007年3月31日 (土)

あと一日・・・

今月ーー年度末も今日一日。

勤め先の会社は、いつも年度末が極短い繁盛期です。
この2週間残業の日が続いて、クタクタです。

この忙しい日も今日一日。
例年では、4月に入った途端にウソのように暇になります・・

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2007年3月26日 (月)

出石やすらぎ市民農園 開園

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3月25日、豊岡市出石町で
『鳥居やすらぎ市民農園』の竣工式・開園式が行われました。

参考>豊岡市のHPより

休耕田を豊岡市など近隣市街地などに住む人に向けて、区画割りをした畑を利用してもらって地域の賑わいとしようと企画された“市民農園”でしたが、2004年10月20日に台風23号がこの鳥居地区を襲いました。

各地で大きな被害を出した台風23号の影響で、出石川が氾濫。鉄砲水のように鳥居地区に押し寄せ、家屋も多く流され、甚大な被害が出た。全壊や跡形もなく流された住宅も少なくなかった。
市民農園は管理棟の建築に向けて運び込まれた資材が流され、畑にも泥が蓄積され、地域住民は自宅の後片付けや再建に必死で、市民農園どころではない。頓挫しかけた市民農園だが、全ての住民があきらめたわけではなかった。

参考>WEBまち・コミより、関係新聞記事目次

被災当初、先の見えないながらも絶え間なく努力を続けた結果がこの25日に竣工式・開園式を迎えるまでに至りました。

参考>神戸新聞HPより

竣工した管理棟にはシャワー室や食堂などを備える。
畑には井戸水を汲み上げるポンプが設置されて、蛇口から給水できる。

すでに多くの人が農園利用の申し込みをしてくれているそうだが、まだまだ空き区画が多いという。
利用されてこその市民農園。まだこれからかもしれないけども大きな前進。新たなスタート地点に立ち、大きな感動があった。

070325i100管理棟竣工式のテープカット。右から2番目はまち・コミ顧問田中

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070325i128やすらぎ市民農園開園式のテープカット。まん中は農園の副組合長で、水害から間もない時期に「畑を耕してくれ」とまち・コミに呼びかけ、その後も事業の継続に尽力されている。

070325i144記念のジャガイモの種イモ植え。左で植えるのは、まち・コミ関係者と共に水害直後から幾度と鳥居地区を訪れ、1円玉貯金を義援金として届けたり畑作業に参加してきた神戸市の小学生モモちゃん。

070325i182長田・御蔵住民とまち・コミメンバーでつくるそば飯隊は、長田名物『そばメシ』を振る舞いました。住民の皆さんや来賓のみなさんにも好評でした。

070325i185_1地元の方々はつきたて餅のお汁粉とカレー餅を振る舞ってくれていました。

070325i207水害支援から農園継続支援(畑しごと)に、毎週のように鳥居地区に足を運んだ、神戸・長田住民のフジワラさん(中央)とまち・コミ代表宮定(右)。豊岡市長(左)とご挨拶。

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2007年3月25日 (日)

Myふるさと訪問 2

梅ヶ丘駅が新しくなっていて驚いた。工事していたのは知っていたけど、変わり様におどろいた。
それよりも小田急線が高架になっていてビックリ!
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先に書いた八百屋のバイトをしている頃に入院していた病院です。

~正門から~
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思春期病棟と呼ばれる、中学生から20歳までの患者の集まる病棟で、愉快な病棟の仲間とやさしく親しげな職員(看護婦・看護士ほか)のみなさんに支えられて、楽しく過ごした入院生活でした。


「井の中の蛙、大海を知らず  されど空の青さを知る」

と言いますが、閉鎖病棟での生活は“空の青さを知る”有意義な時間だったと感じています。
もっとも、閉塞された生活の反動から、旅への好奇心が膨らんでいったのが、今の生活にも繋がっています。
この病院を退院した2日後には、住み込みのバイトを見つけて長野に行っていました。
ここは“旅人のぶ”の故郷。僕の旅の起点となった場所です。


この日は、病院の中には入りませんでしたが、前を通って、これまでの旅路を振り返ってみました。


写真中央の奥に、8ヶ月生活した西一病棟があります
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入院当時に漫画を買い漁っていた本屋さん
店内が広くなっていた。この日は東京の防災マップを購入。
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2007年3月24日 (土)

Myふるさと訪問 1

また、1ヶ月ものぶろぐをフリーズさせてしまいました。
今回のネタも1ヶ月前の話デス(苦笑)

下高井戸で行われた“あかつきボランティアネットワーク"主催の中越復興支援販売イベントに参加しましたが、現地に向かう途中にちょっと寄り道。

小田急梅ヶ丘駅で電車を降り、一駅歩いて豪徳寺駅周辺。
商店街からわき道に入った一角に、僕が生まれて初めてアルバイトをさせてもらった八百屋さんが・・

この日、その場所はシャッターが閉まった状態。
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ーー土曜日だからかな?
  商売辞めたのかな?


思い出と不安を残して、この日は訪問を断念。

翌日、せっかく思い立ったのだから! と再度フリーアルバイターとしての故郷、豪徳寺へ。
近所の人に尋ねてみると、八百屋のご主人の家を教えていただきました。

当時お世話になっていたご夫婦との再会。
正直のところ、僕も当時お世話になっていたご夫婦の顔をはっきり覚えていなかったのですが、再会したときに記憶が蘇り、とても懐かしく思い出すことが出来ました。

16年が経ち、お歳を召されていましたが、元気な様子に嬉しく思いました。
今は隠居されながらも時々お店を手伝っているとのこと。


ここでアルバイトをしていたのは16歳~17歳の4ヶ月間(1991年8月~同年11月末)。
野菜を段ボール箱から出して、計量して、袋詰めする仕事でした。

この八百屋でアルバイトする事になったのは、近所にある病院に入院中に、社会復帰の足がかりとなるようにと、病院のケースワーカーさんに紹介してもらって、1日に1時間30分~1時間45分ほどのパートタイムでしたが、ここでの経験は、自信となってとても励みになりました。
また、八百屋の奥さんが用意してくれたラジカセでラジオを聴いたり、当時マイブームの武田鉄矢(海援隊)の“旅”をテーマにした歌を好んで聴いていたことが、旅へのあこがれにつながり、次のステップ~現在までに大きく影響したことでも、とても思い出深い場所です。


当時の貴重な経験と時間を与えていただいた、八百屋さんのご夫婦に改めて感謝の想いを募らせながらご挨拶が出来て、嬉しい時間となりました。

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