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2007年6月16日 (土)

断裁機

今週は自分の部屋と、納戸の荷物の整理・移動に追われました。

というのも、納戸に仮置きしていた、紙を切る断裁機を自分の部屋に移動させるのが目的だったのですが、断裁機として小型とはいえ、幅 約80cmX奥行き 約90cm、推測40~50kgの物体。

事業所ならまだしも、自宅で一人で移動するモノではない!

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この断裁機は『阪神・淡路大震災を記録し続ける会』の代表だった、故 T さんが経営されていた会社で使っていたモノを、事業閉鎖の際にまち・コミに譲ってくださり、しばらくまち・コミで使っていましたが故障。修理を試みつつも業者の営業時間に会わず、まち・コミの事務所の規模縮小にあわせて処分を検討されていたのを引き取っていました。僕の勤め先が断裁機を使う職種なのが幸いして、専門業者さんに診てもらって、ひと月ほど前に完治しました。

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さて、自宅に持って帰ったのですが、一人での移動は安全衛生上よろしくない所もありましたが、パレットにキャスターを付けた手製台車の活躍で、昨日なんとか納戸>>自室押し入れへの移動を完了させました。

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押し入れの引き戸を開けると断裁が出来ます・・・。

これまで押し入れに入っていた物は・・・その内から片付けます(=_=;

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2007年6月10日 (日)

芒種(ぼうしゅ)

先週の水曜日、6月6日は、二十四節気の一つ『芒種(ぼうしゅ)』だった。

---芒(のぎ)と呼ばれる突起を持ったイネ科の植物の

   種を蒔く時期---

2年前、2005年のこの時期に、新潟・中越大地震の被災が大きかった塩谷地区で、大規模なボランティア活動を『芒種の陣』の名称で行われ、参加さえてもらった。
後に地元の人から
「復興の種を蒔いたような印象」
とこの時の活動を振り返る声を聞くことが出来て、自分も元気をもらった。

「ガレキに種を蒔くんだ」

これは阪神・淡路大震災のボランティア活動を通じて知り合ったUさんの言葉だった。
兵庫県南部地震発生直後に、東京のNGOの一員として神戸市長田区に駆けつけ、延べ数千人のボランティアの先頭で指揮をとっていたという。
僕がUさんと初めて会ったのは、およそ1年後。それまで彼を知る仲間から聞いていた人柄に違わず、リーダーの品格の持ち主だと感じた。大柄の体格に似合わないほどの物腰の柔らかさと親しみやすさ。特に強く印象に残っているのは、彼の所属する東京のNGOと、神戸での活動を引き継いだ災害ボラグループの関係が悪化していたとき、ボランティアから不満が吹き上がるトラブルがあった。

親子げんかのように、着地点の無い言い争い。端から見れば、筋の通らない感情的な不満の言葉を、自分の立場を超えて、ただ聞き手に徹している姿に、包容力のある人だと感じた。

1996年春頃のことだった。僕の8歳年上。
「自分がこの歳になった時にどれだけ近づくことが出来ているだろう?」
背中を追いかける存在になった。

1996年8月26日、享年29歳。Uさんの功績と交通事故死を伝える新聞の見出しになっていたのが「ガレキに種を蒔くんだ」だった。

彼の蒔いた種を育てるだけの実力が自分にあるとは思えない。それでも自分に出来ることをしていきたい。
けれど、そもそも被災地・神戸にその花を咲かせることを押しつけてはいけない----それでも自分の望みとして、花を咲かすために何を手伝えるのか・・・自問自答しながら活動を模索する。

彼はボランティアの現場で、何千人の人と出逢っただろうか、どれだけの経験をしてきただろうか。その中で僕が知っている彼はごく一部の場面だったが“数千分の一の彼の意志を継ぐ権利”をもらった。その権利を行使するもしないも僕の自由。けれど、それは彼の全てではなく「彼のため」などと言えば、彼にも彼と出会った自分以外の人にも失礼なことだと思う。意志を継ぐことを“自分の望み”としてのみ許されるのだろう。彼にもらった経験を自分の栄養として精進することでのみ、彼の意志に報いることが出来ると考えている。

しかし、何年経っても彼の背中は近づく感はなく、蒔かれた種から花を咲かす力を身につけるにはほど遠かった。

「彼は蒔いた種に花を咲かせることを望んだのだろうか?
 花を咲かせることよりも、地面にしっかりとした根を張らせることを望むべきだったのではないのか?」
答えはまだ出ていないが、この疑問に気がついたときには、彼の歳を追い越していた。

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