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2008年8月31日 (日)

愛知豪雨 続岡崎編

先ほど現場を後にしました。

今日の作業にあたって地域の総代さんに挨拶をし、路地での会議で地域の全体に対して活動を展開していくことになりました。
ボラセンからは関ヶ原市職員の団体ボランティアが入ってくれました。
CODEのトウジョウ君がコーディネートをかってでてくれたので、僕はチェーンソーで床に穴開ける“穴掘りもぐら”に専念できました。
日本財団ボランティア支援チームから送ってもらったチェーン・ソーが大活躍でした!


僕の入った家では、床を開いて泥出し作業を始める状況でしたが、まだまだ家具などの荷物出し作業の家も多く、泥出しまで終わるにも日数がかかるように思います。

後ろ髪を引かれれる思いですが平日は作業に参加できません
(*_*)
明日以降の作業の進展と地元の方々の疲労が心配です。

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愛知豪雨 岡崎編2日目

愛知豪雨 岡崎編2日目
先週は一緒にキリコを担いだCODEのトウジョウくんとオザワくんと一緒に岡崎市街地の北部、伊賀川沿いの伊賀町に来ています。
IVUSA関西もこの地域に来てくれました。
ボランティアセンターも関ヶ原職員のボランティア70人をこの地域に入れてくれて、大きな動きになっていますが、まだまだ何日もかかりそうで、明日以降、平日の人手が心配です。

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岡崎の豪雨被害

岡崎の豪雨被害
岡崎の豪雨被害
岡崎の豪雨被害
岡崎の豪雨被害
土曜日は朝から雨が降っていて、昼頃ボランティアの活動は中止。


ニーズ調査を目的に市内をまわってみると、水路の排水能力を超えるなどして道路が冠水している箇所が多々あった。


今日の作業は岡崎市街地の北部、伊賀川沿いの住宅街で、1階天井まで浸水する、大規模な被害のでた地域で行うこととします。

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2008年8月30日 (土)

岡崎ボランティアセンター到着

岡崎ボランティアセンター到着
現地に着きました

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2008年8月28日 (木)

都賀川の事故から1ヶ月

灘区・都賀川で起きた増水による事故から今日で1ヶ月になった。

都賀川公園は少なからず馴染みがあり、今年6月には、この公園で開催した『灘チャレンジ2008』にも参加させてもらっていた。

悲惨な出来事に遭遇してしまった学童保育の関係者に知り合いもいるので、身近に起きた災害に何も力になれない無力さを感じた。

この夏は短時間に集中して降る雨が多く、雨が降るたびにこの日のことを思い出してしまう。ご家族や関係者には辛い記憶を思い返されたことと想像する。

2度と同じような事故のないことを祈るばかりです。

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神戸新聞関連記事
http://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/0001385833.shtml

毎日新聞関連記事
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20080828k0000m070145000c.html

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2008年8月27日 (水)

楠公さん~アートビアガーデン2008~

3回目の『アートビアガーデン』が開催中beer

楠公さんで親しまれている湊川神社。
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この日、盆踊りも行われていましたが、一昨年から始まっている、
『アートビアガーデン2008』がアートNPO『リ・フォープ』主催で開催されています。
神社の境内で、アート作品を楽しみながらのビアガーデンですsign03 beer catface

輪箱亭たくぼん さんのお誘いでに行って来ました。
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輪箱亭のみなさんと愉快な仲間たちですconfident

雨が心配されましたが、一風変わった神社の雰囲気を満喫してきました。

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2008年8月26日 (火)

知人の十三回忌

ボランティアの先輩、Uさん。誰とでも分け隔てなく言葉を交わし、話す機会の少なかった僕とも親しく声をかけてくれた。

多くの人が尊敬して、カリスマを感じるとも言っていた。
当時20代後半。僕より8歳年上だったけど“カリスマ”は大げさなんじゃないかと、会ったことのないうちは伝え聞くボランティア仲間の言葉をひねくれて受け止めていた。

けれど、会ってみてけして大げさではないのだと感じた。
何十人の集まりであっても一人の不満も出さずにまとめ上げる力があるように思った。一言で言えば温かみのある人。

グループ活動に関係して問題が生まれたとき、東京から神戸に駆けつけて問題解決に奔走していた姿が印象的だった。
ただ聞き役に回って、仲間の不満を聞いている姿に包容力、もっといえば大きな人間と感じた。
#実際、体も大きかった。

8年先、Uさんの年齢になったとしても、これだけの人間に成長しようと思っても追いつけない。少しでも近づけないかと当時思っていた。
(参考:T 社長の手記http://www.npo.co.jp/hanshin/10book/10-041.html

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そんなUさんが交通事故で急逝されたのが1996年8月26日。

葬儀では家族や多くの友人に囲まれていた。
2人姉弟の下。友人には頼りがいのある、大きな男だったけど、家族の中では可愛がられていたのだと想像させられた。一家の一員を失った家族の悲しみは想像しつくせなかった。

阪神・淡路大震災のボランティアで知り合った彼の最後に、この想像さえ困難な悲しみのエピソードが、震災の中で6千通り以上も存在することを教えられた気がした。

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「ガレキに種を蒔くんだ」

震災ボランティアとして活躍したUさんの死を報じた新聞記事に彼の言葉が紹介されていた。

「Uさんの蒔いた種が花を開くのを、Uさんはもう見ることはできない。生きている自分にはそれができるのだから、見届けたい。できることならその種に水をまき続けることができはしないか。」
新聞記事を読んで感じた想い

これまで神戸で過ごした十余年、当時の想いを思い出すと恥ずかしくなるほど、充分な仕事をしてきていない。Uさんの墓前に胸を張って報告できることも何もない。
思っていたよりもあっさりとUさんの年を追い越してしまったけど、全然近付けている気がしない。
それでもUさんに、今を見つめることを学んで、思い出の中で支えられたから今の自分がいる。
唯一、Uさんを超えられるもの。年齢! Uさんにも教わった命の尊さを実感しながら齢を重ねていこう。

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23日に当時のボランティア仲間が墓参に集まったらしい。
一緒に参れなかったけど、また近いうちに挨拶に行こう。
今日は神戸の地より、Uさんの眠る群馬の空に向かって手を合わせます。

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2008年8月23日 (土)

輪島きりこ祭り

能登に足湯などの活動に来ているみんなと、輪島大祭に参加中です。

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縦長の灯籠のような御神輿『きりこ』を担いでいます!

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江戸時代に作られた『大きりこ』

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