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2008年9月19日 (金)

水害に思い出す

台風13号が、この先おとなしく通過してくれることを願います。

水害のニューズを聞くと思い出すーー

数年前、買い物ーーを口実に気分転換に一人ドライブに出掛けた福岡県飯塚市。
大雨の翌日で、道路に家具などが運び出されていたので市役所へ行くと、市職員の引率でニーズ対応にでることになった。

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作業に向かった先は高齢男性一人暮らしの平屋一戸建て。

床の上に70cmほど浸水。家具などの家財道具はほぼ使用不可。それらの運び出しが活動の内容。
中央の部屋で壁側にベットが一つ。これも水に浸かっていた。

市職員が家主の男性に

「水が来たときどこにいましたか?」

と聞くと、

「ベットの上に座っていた」

と答える。
ベットから40~50cmの高さに、壁に水の跡がついている。
ベットの上に正座している姿を想像すると胸から首間での高さに水面が来ていたはず。

その状態で、ただ水が引くのを待っていたようだ。

どこまで水位が上がるのか、何時水が引くのかーー何も分からない中で男性は耐えていたのだと気がついたのは、ほかの被災地での活動を重ねてやっと気がついた。

男性は、屋内の中で一番高い場所と判断してベットの上に居たのだろう。
そこで浸水をやり過ごすことが出来たが、水位がどこまで上がるか判らない中でのこと。

先日の岡崎では、一階の天井まで水に浸かる家の少なくなかった。
高齢女性が亡くなった報道では
「逃げ遅れて・・・・」
とあったが、飯塚で出会った男性も、浸水の水位によっては最悪の結果にもなりかねなかったと思う。
どの時点で“逃げる”判断をするか、どうして“(逃げ)遅れたか”学び、常識化できるほど周知する、水害学習の必要を感じた。

判断は、決して容易ではないと感じた。

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その後、飯塚市職員が近くの小学校が避難所になっていると男性に避難を促したが、息子が帰ってきたときに家が留守にならないようにと、畳も運び出した後も男性は家から離れようとしなかった 。 。

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2008年9月 8日 (月)

IVUSAとin相原

IVUSAとin相原
東京都町田市の北西部は細長く西に延びている相原地区。

IVUSAが復旧活動にあたっている現場に飛び入り参加させてもらいました。

流されてきたプレハブで家屋に進入出来ず、プレハブが撤去されたこの週末になって復旧活動が始まった一軒家での作業でした。

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2008年9月 7日 (日)

横浜線

横浜線
横浜線
水害復旧活動の現場に向かって、横浜線に乗りました。

かつて横浜線沿線に住んでいたので馴染みのある車体です。

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