記憶をたどる
GW、小千谷・塩谷の芒種庵でのこと。 (UPが遅くてすみません・・)
地元のマサフミさん、ケンジさん、静岡のまっちゃんと昼ご飯を食べてくつろいでいると、玄関から男性の声で
「すみません、塩谷小学校の跡地を探しているのですが」
「!?」
「私、自衛官でして、(2004年の)地震の翌日にヘリコプターで降りた者です」
「!!!!」
急いで芒種庵の中に上がってもらい、お話を伺いました。
今日は休日を利用して、家族と行楽に来た途中で、家族にも当時の話をしようと塩谷に立ち寄られたとのこと。
2004年10月23日に発生した中越地震を受けて、当時勤務していた群馬県の駐屯地からヘリコプターで救援に来たそうです。
「ヘリが降りられるか確認するために、グランドを歩幅で計っていましたよね」
と住民の言葉に
「それ私です!」
と自衛官のAさん。
当時、違う立場で同じ場所に居合わせた人たちの会話が重なるのが興味的でした。
ヘリの発着場所となった塩谷小学校跡に移動して、当時の様子を思い返しながらまた、お話を聞かせてもらいました。
Aさんは先遣隊で、住民避難用の双発ヘリを夜明けとともに着陸させるための段取りをされていたそうです。
後に山古志村の地震ダムになった地域で活動したとのことで、今も被災家屋の残る木篭地区に行きました。
自衛隊による地震ダムの復旧作業では、海の工事で使う台船をダムに浮かせて作業していたそうで、作業完了後に台船をヘリで吊り上げる作業は、自衛官たちにとっても想像を超える大きな作業になり、成功したときには高揚したといった、貴重な話を聞かせていただきました。

また機会があれば、ゆっくりお話を聞かせていただきたいと願っております。
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